元Javaプログラマ(銀) ぬるぽの刑

HR/HMプログレ好きで元Javaプラグラマな人がいろいろ書くのと、日々の業務でぬるぽ地獄に遭ってゲンナリするブログ('A`)

ゆるマネージャーの2025(下半期)

仕事納まったので続きを書きます。 というか、書いてるの12/31の深夜なんだけどもね、眠れなくて。

2025年7月

フェーズ2の話、自己紹介→要件定義をやりましょう。うちのメンバーは少人数なのでどこのチーム掛け持ち…相手も被っていたりで「あ、アッチではどうも…」みたいになってもとりあえず自己紹介をやり直す。どうにもしっくりこない。 ゴールの一つであるはずの基幹システムどれ使おっか?のはなしが毎週変わる。間に合うんかいな? 今年も昇格試験の論文が始まる。正直構ってられないけれど、受験側も数回は書いているのでだいたいは使いまわし…、申し訳ないけれどかなりフォロー頻度は少なめになる。まずは本人のやる気っしょ。あまりにも変な提言してなければ軌道修正するけど、そんなじゃないからさ。 今年の監査キックオフもやるし、うちのDWHをフェーズ2でも使えるか、徐々に問い合わせがくる…。

2025年8月

フェーズ2はなんとなくスタートするも探り合い、ゴールはわかるがそこに至るまで何をすればいいのかわからない状態。とりあえずデータの流れ図みたいなの書いてこうなんじゃないっすかね?みたいなことやり始める。draw.ioひさびさに大活躍。あれと同じくらいの生産性では自分はExcelでの作図が無理。 基幹システム、月末になってプランA→Bに急に方針転換する、えっAでいくって言ってたじゃないの?鶴の一声、ロジカルに反論できなくてひっくり返る。うちのメンバーの大半が矢面に立つことになる…。

2025年9月

月末に方針大転換したことで連携が見直しになる。DWH一部ブラッシュアップ して利用継続。利用者がだいぶ増えるんだが、やってけるのか不明。先月末に提言書提出、今月は面接対策だけどこれも受験者もフォロー側も余裕がなくてろくにできない&オフラインでできない。面接内容もちょっと変わって20分弱質問責めに合う。多少浅くてもいいから、色んな角度から想定質問作っておいたほうがよいから生成AIに提言書食わせて30問前後作らせてみる…うまくいくじゃん、おれんとき自分であれこれ考えて自作してたのにいい時代になったもんだ。でもアウトプットはちゃんと見てあげないと中身の正しさとか、職場の実情に合わせた回答にならんから気をつけてね…ってそこまでフォローが必要なのか…?だいぶベテランですよ…?

2025年10月

面接練習も4回ほど終えて本番、受験者2名はまただめだったよ、みたいな感触、お祈りしてあげたいけど明らかにダメそうな態度で練習受けてた人は救いようがないですね…毎年そこが悪くて落ちているのにわかってやっているのか、本人のやる気一番大事 。 フェーズ2は要件定義承認されたもの、されてないもの、まだ作っているもの様々だが、まだ要件定義中で半年で作り込みが終わるんかわからなくなる。 状況報告できない人、荒ぶってるおじさん などを投入した結果他の事務所から苦言を呈され、自分が頑張らないと後がない感じになる。 10/1付で昔わしの育てた後輩くんが異動してくるも速攻別プロジェクトで使うんで…とか言われなんとかフェーズ2チームに入れるもかなり低い専従率になり、いてもいなくても変わらない感じになり肩透かしを食らう。もっと外注使ってと言っても機密情報が~(NDA結んでるんだが…?)契約書見せろ(資材部に聞けよ)とか、いま属人化してるんで出せません、仕様書作らないので外注さんはいれません、とかくっそめんどくさい応対が始まる。しらん

2025年11 月

急遽早期退職制度が公開され、おっさんたちの面接が始まる。フェーズ2にも何人も対象者がいるので退職金がほぼお代わりされるような手切れ金がついてFIREしたいひとだらけになりそうな予感が出てくる。いま抜けられるとプロジェクト回らなくなるんだが…年明け有給消化とか 、やめろよ…?俺管理職よ?業務引き継ぎなんかやだよ…?

2025年12月

フェーズ2の稼働日にはいない人たちと仕事を続けるのは疑心暗鬼になる。「あと頑張ってね、ぼくらはその日を見ることはなく会社を辞めるけど、あ、僕の仕事は君があとをやってくれよな…」みたいなことを毎日考え始める。現場にいたときより残業時間(健康管理時間)が多くなる、家でもストレスがたまり荒っぽい言動で子供が真似する→妻から注意される 。毎日のように仕事をしている夢を見る。気晴らしに見ている調子のいいNISA口座(しかし、ここ最近の円安で妙に日本円評価がよすぎるだけ)、配当金の話ばっかりになる。ああ、もうダメかもしれない。 上司は「もっと高みを目指してほしい」みたいなこと言われるも「仕事が限界過ぎて家庭もめちゃくちゃになりつつある」とか弱音はいちゃうようになる。はぁ…。フェーズ2稼働まであと4ヶ月を切る、もうダメかもなこれは。 あ、昇格試験は1名合格しました。かなりのボーダー評価だったけど受かったもん勝ちよ。同じような家族構成だし、いっそう頑張ってほしいし、なんだったらそのままマネージャー引き継いでほしい(血涙)


いかがでしたでしょうか?思い返してみたら年末年始は完全にお休みするのに仕事モードに入りそうになっていますね。

そして、去年末同様死にたくなってくる、本当に死にたい人はもっといるだろうけど、だいぶグラグラしてる。 仕事は辛いけどバカやりつつもワイワイキャピキャピしている子供を見守りながら妻ともよい関係性のまま毎日を繰り返す、日常系漫画がずっと続いていればいいのに、でも自分はこの日常の終わりを見たくないからこの世から消えたい。そんな願望が最近ようある。 でも遺された家族はどうなるの…心中した家族のニュースとか、先日のサウナに閉じ込められて一気に両親を亡くした子供を想ったりするとそんな馬鹿なこともできない、ましてや父親だけが自殺なんてクソすぎるし、身勝手すぎるだろう、創作ものであるような「パパはやくおきてよー」なんて子供に言わせたくない。でも俺だって辛い。どうしたら…。この思考のループが終わらない。

全くと言っていいほど誰に届いているのかわからないこの記事をもって本年最後の更新とします。 良いお年を。

ゆるマネージャーの2025(上半期)

これを書いているときは正確に言うとまだ仕事納まっていないのだけれど、書いていきます。

2025年1月

極秘プロジェクトは年末(11月~12月)くらいからメンバーにも入ってもらい、気が楽になるも、自分もいろんなシステム担当している中、メンバーを動かさないといかん、色々文句を言われつつやってもらう。工程管理は声のでかいおっさん、周りから「なんでこんなにきつくスケジュール管理されないといけないんですか」とか文句いわれるが、まぁまぁ…となだめる(おさまらない 正直なんだかんだ理由つけて納期延ばしてる体たらくなんだから、たまにはいい薬なんじゃない?とか完全に部下を守らない考え方になっている

2025年2月

極秘プロジェクト体制も公開され、ID管理の調査を始める。いままで人事がやってたけど他に合わせて上司で面倒見ることにしようって移管してもらったはいいが、これシステム化無理じゃねえか…?というかメンバーに引き継ぎできるのか?…様々疑問が出てくる

2025年3月

極秘プロジェクトの最終月、もう追い込み。担当していたID管理もおおよそ全体が見えてきて事務所間で結合テスト始める。しかし下旬まで あれだこれだまとまらない部分もあり、深夜にチャット見てたらメンションが飛んできて緊急で業務再開、このデータどうすればいいの?を人事課長と通話しながらデータチェックする。IDもメールアドレスも新規採番するからもう大変。 4月からの業務システム変化について全社説明会もすることに。その場で質問など発生しなくて良かったけど、500人くらいつないでいる説明会で話をするなんて初めてなんで超ビビった。 経理向けに会計残高表をCSV出力するツールを作ってと言われて、チャッピーでなんとなくVBAマクロを作らせて経理の出してきたExcelに組み込んだった。 「もしなんかあったら調整しますんで連絡ください」 といったけど運用試験もそのままパスしたらしく、びっくりした。VBAはよくわからんのでちゃんとコメントも吐かせて読めるようにした。 これうちのメンバーより優秀じゃねえか?って思い始める…だいたい「やったことないんで別の人にお願いしてもらえませんか」って返してくるし

2025年4月

極秘プロジェクト完了…?無事に4月を迎える。大きな混乱もなく、と思ってたら問い合わせがボロボロ…解決できないものも一部あるが、とりあえず週次の会議内容を問い合わせフォローに寄せてしばらく実施、これはあんまり悪くはなかったと思う。課題共有でお互い何やってるのかが一番わかりやすかった。起きてることは最悪なんだけどもね。 ここまでは上旬の話、中旬からは基幹システムの組織変更対応作業が大幅に遅れ&誤りが発生してG/Wまでにまともに動いていない状態に。これには現場さんはカンカンですよ、でも自分らもどうしようもなくお祈りするしかない状態。ひぇぇ…

2025年5月

なんとか組織変更対応作業は終わって今年度最初の月次処理…あんまり記憶にないんだけど前後はかなり残業していたきがする。このあたりから極秘のフェーズ2がはじまるのであった。

2025年6月

フェーズ2の体制表を作ろうにもみんな現行運用との掛け持ちな上にリーダーを出せと言われる、ちょっと荷が重いかもしれないけれどちょっと頑張ってみてくれる?と中堅をだしたら体制表に名前が載った→リーダーとしてこんなことをやってください的な指示が別の事務所から飛んできたのを見て一気に病んでしまった。 上司「この役割はうちのメンバーから出したら潰れてしまうから断ったほうがいいね 、病気なら無理に振ってくることはないだろうし」で降ろさせてもらった…しかし一回もやらずに降りるとはかなり人によって体制が違うんだと痛感した。※やれる余裕があれば別に自分でも、最悪なんとなかなるか~くらいの軽い感じでいたんだけど、管理業務があるのでリーダーできないから手は挙げなかった こんなクソ忙しいのに新人が配属されることになって、教育担当者を出さないとならんくなった。

以上が上半期です。 つづく…?

メタルを聴けなくなってしまった

タイトルの通り、最近メタル全般を聞いていません。 大好きだったはずのMetallicaも、Dream Theaterも、人間椅子も新譜を買ったまま積んでしまっている有り様。 今年はToolもOpethも来日していたらしいのに全く気づいていなかった。 去年?一昨年くらいから?急に聴かなくなった?聴けなくなった? たぶんなんとなくわかっているのだなんとなく…。ちょっと書き留めておきたい。

Ozzyが亡くなった

とにかくショックだった。だいぶ弱っていたのは知っていたけれど、Back to the Beginningはたしかにスゴかった…Mama I'm Comming Homeの映像見て涙が止まらなくなった。その後数週間で力を使い果たして亡くなっていったのも本当に最期の力を出したんだと思ったし、葬式の映像もチラ見程度だったけど愛されてたアーティストだったんだなって…。自分はOzzyと同じ場所、同じ時間(10年前のOzzfest Japan)いることができて本当に幸せだった。 わかってはいるんだけれど、あれから5ヶ月経つけどまだ気が晴れない。18くらいから Black Sabbath を聴いてきてまだ向き合えてない。

メタルを聴いても元気になれないくらい疲弊している

年を取った。結婚もして子供もできた。仕事もポジションが変わってやりにくいこと、どうにもならないことが増えてきた。 毎日忙殺され疲れが貯まる。回復スピードが落ちてきた。 音楽を聴きながらだった1時間くらいの通勤はコロナ禍からリモートワークが始まり半減以下になった。 耳もなんとなく激しい、速い、ドコドコバスバスダダダ…なものを嫌うようになってきた。

Amazon Music で聴くものの幅が広がった

聴くと疲れるメタルのイメージななんとなくついてしまった頃、自分をロック漬けにした母親はいつの間にかアレサ・フランクリンを聴き始めた(もっとも、母親は何でも聴く方だったらしいけれど)。 自分は Amazon Music でいろんなアーティストにぶっ飛んでみる遊びを思いついた。しかし幼少期からロック漬けだったのでハードまで行かないにしても徐々に広げてみようと思って色々食いついてみた。 ディスクで買っていなかったバンド、そこに客演したり影響を受けていたりしたミュージシャン、関連性から広げていってロックから冒険してみようとなった結果、メタルからどんどん離れた場所に来てしまった。 ※David Bowieがカメレオンすぎてなんでもありすぎる… また、知らなかったミュージシャンもキャリア最初からや全盛期部分のみとかディスコグラフィをたどるようにじっくり聴くようになった、それも通勤時間中のみという制約でやってるからなかなか進まない…。 2025年時点で、Police、Jethro Tull、Michael Jackson、Brondie、Roxy Music 、 Journey 、James Brownが行列状態。

それでも耳に入ってきたもの

子供がYoutubeで飛行機墜落コンピレーションなる動画を見ていたとき(なんちゅーもん見てるんや&見せてるんや!)に繰り返しかかる曲があり、なんだろうと調べてみたらまさかのGhost(たぶん1st、2ndあたりまではリアルタイムで視聴していた)の曲だった。

Ghost - Mary On A Cross (2019) www.youtube.com

記事によるとなんでかバズったとか…。この曲はメタル要素が薄いけどバンドのジャンルは一応…ねえ…。曲だけかけても兄弟揃って大喜びする謎の力を持っているのよなw ゴーストの“Mary on a Cross”がTikTokでバズりバンド初の全米チャートに


…他にも理由めいたものはあるんだろうか?ここまでにしようおやすみなさい。

ゆるゆるマネージャーの2024

さて奥さん、年一回のはてなブログ更新の日が来ましたよ!

 

1月

疲れに疲れ、日本はもうおしまいですとか言ってた記憶。基幹データ移行の打ち合わせよく分からないけど聞いてて、「いい加減やばいぞ何とかしろ」とか言われて早くデータ用意してくれないかなー?って部下を見ると「まだ仕様の決まってないところが…どうしようもないね」とかため息混じりで言われる

2月

基幹データ移行のデータ出力で毎週進捗管理させられる。このくらいの管理ヘーキヘーキのつもりだが、まだ仕様が云々言っててこんな決めらんないもんかね?って疑問。自分が主導権取るわけでもないんだけど。

3月

データ移行したあとに組織改定のデータ修正が必要とのことで運用のリハ会議とかが始まる。何を言っているのかやっているのか分からんちん。現場の業務変更についてお偉い人たちがなんやかんや揉めてるが、何で誰も要件定義の時に突っ込んでなかったのか、現場不在のままプロジェクトが進んで参加できる余地もなかったらしいことにようやく気づく。

4月

中旬に新基幹システムのデータ移行と一本化稼働が始まる。原価計上の件で採番された計上先の番号とかで問い合わせ多発、初回の原価計上処理でコケてGW一回だけ休日出勤する。ちょっと怖かった嘱託のオッチャンと少し仲良くなる。

5月

3-4回ほど原価計上して何とか慣れてくる。新基幹システムはボロボロ障害が出てるようだけど手運用が多い。相手は決して障害とは言わない。流石に言い逃れられないものまで言ってて草が生える。

6月

管理職なってから丸一年経つ。そろそろ独自色を出してこーと思ったがすでにやる気が削がれつつある…。

7月

原価計上の運用任せてた4年目が別業界へ行くんだと言うので初めて退職手続きした。同期も育休取るというので手続きしたが、仕事の引き継ぎが消極的で、あと育休までに書くと言ってた昇格試験の提言書全然書けてなくてどうすんねんこれと上司と頭を抱える。

これとは別に誓約書書かされる極秘プロジェクト始まる。

8月

昇格試験提言書を上司と何とか仕上げる。元に書いてあったやつ1割も使わなかった気がする。

極秘プロジェクトの打ち合わせが入って会議ばっかりになる。

家の住み替えのため3LDK賃貸を探し始める。

9月

昇格試験の面接対策が始まるもみんな基幹システム運用だなんだで熱が入らず酷い有様である。

極秘プロジェクトは毎週のように話が変わって困惑の日々。

市内で引っ越してOKな物件が見つかる。妻のファインプレーで公開すぐに電話入れて仮押さえ。

10月

部下の昇格試験の本番のあとすぐ極秘プロジェクトの内容が公開・説明される。新基幹システム動いてすぐこれはないだろう…。2ヶ月以上誰にも言えず辛かったのがようやっと…でも毎週話が変わって不安しかない。

システム監査の試験を記念受験する。

11月

極秘プロジェクトのワーキング会議で予定が埋まる。だんだん話が具体化してくるも今からだととても間に合わないんじゃね?としか思えなくなる。

新基幹システムのIT監査の予備でボロボロ指摘される。うちはユーザー会社なので大半はプロジェクト側の問題ではあるがどうすんのこれ?感がすごい。

引っ越す。

12月

監査の話と極秘プロジェクトの件でボロボロ疲弊の中、有能な若手が退職する。給料低いゆるホワイトだから仕方ないね。だんだん生きたくなく無くなる。

 

妻のこと大好きだし、子供らもまだ小さいし可愛い。給料もだんだん上がってきた(ほぼ運で昇級昇格してきた)。NISAでちょびっと資産が増えてる。多少の疲れはこれでカバーできた。でもなんかどうしようもない周囲のやる気のなさ(昇格試験フォローしても報われない、何度も落ちる)、基幹システムどうにもできないもどかしさ、社内政治疲れ、金金金!減税減税減税!とか色々見たし、ポケモンGOダイマックスが混乱で始まり面白く無くて萎える、とにかく疲れすぎました。気にすんなと言われても脳裏にこびりついて消えない。自分が嫌で嫌でもう消えたくなる。希死念慮ていうらしい。勉強になった。

 

明日はもっといい日になるといいね、ハム太郎

プログラマは引退しました。ブログ終了のお知らせ

長らく放置したユルユルブログですが、タイトルの通りもう設計・実装や開発管理をやってたプログラマとしてのキャリアが終わってしまいました。

 

細かく話すと、長らくプログラマのキャリアを積んできた部署が2022/03をもって爆散し、社内SE部門に移ってDBサーバーやgitサーバー建てたり、ローコードツールの評価実践したりのなんでも屋にシフト、Java 11 以降まともにプログラミング言語を使った実装をしなくなってしまった…!

しかも2023/06からそこの部署の役職付きになって技術職ですら無くなった(けどもゴリゴリDB周りの実装だけはやってる)のです。DBとI/Oするバックエンドのロジックとか、Webの画面とかはもう全然触れてない。

 

ちな前の部署が爆散した2022/03時点で35歳、「35歳プログラマー定年説」って本当だったんだなアハハーて思ったのが第一印象でした(外的要因で強制引退なんだけど)

 

ブログのタイトル変更せんと…なんか考えよ

varmilo VA87Mのキーボードファンクション切り替えについて

いつから前だったか、mechanicalkeyboads.comにてMXキー軸の80%(TKL)英字配列キーボードを買った。

mechanicalkeyboards.com

買ったのは Varmilo VA87ML 黒軸 なんだけども、説明書が英語/簡体中国語でなんとか使ってたが説明書を紛失してしまい、また、標準キーキャップを外してしまったのでFnキーを利用した機能がなんだかわからなくなってしまった。 そこでVarmilo公式サイトを見たんだけども↓簡体中国語でわからん…

cn.varmilo.com

国内で利用している人あんまりいないし(気づいたら国内代理店ができてた)、とりあえず自分のメモとしてFn機能をまとめておく。

  • Winキーをロックする Fn + Win
  • 音量のミュート Fn + F7
  • 音量を下げる Fn + F8
  • 音量を上げる Fn + F9
  • 再生/一時停止 Fn + F10
  • 前の曲 Fn + F11
  • 次の曲 Fn + F12
  • 右クリックメニューを表示する Fn + 右Ctrl
  • FnキーとWinキーの場所変更 Fn + Win を3秒以上押す
  • 左CtrlキーとCapslockキーの場所変更 Fn + 左Ctrl を3秒以上押す
  • LEDの明るさ変更(4段階) Fn + ↑ もしくは ↓
  • LEDの光り方変更 Fn + ←もしくは →

ThinkPadレストア大作戦2019

thrownewnullpointerexception.hatenablog.com

昔こんな記事を書いてほったらかしにしていたのを、つい先程気づいたのでさらなる近況をば。 とはいっても、彼らのその後+新しい仲間たちみたいな感じなんですが…。

ThinkPad x60s [byebye]

2014年くらいに解体処分しました

ThinkPad X200 [byebye]

2017年頭に解体処分しました

ThinkPad X230 [NEW] [byebye]

2014年頃に秋葉原で中古購入。 当時 Windows 8.1 を入れて実家用マシンにしていたものの、2018年には電源が入らなくなり解体処分。

ThinkPad X250 [NEW]

2018年春にネットで中古購入。研究会用だったが今は自宅のサブノート。 Windows 10 を入れ、フルHD液晶に載せ替えて運用中。 JISキーボードの配列が個人的にはクソ。USにしたい。 フルHD液晶は2本くらい縦線入ってしまってちょびっと故障状態。 右端なのでタスクバー縦置きにしてごまかしてるけど、全画面で動画再生するとすげー目立つ。 MacBook Pro に出番を奪われがちだったが、最近は MacBook Pro がお亡くなり寸前なので再登板される。 でも10月頃には…。

ThinkPad Edge E430

まだ生きてます。 当時の彼女=妻のメインマシン。 Windows 7 から 無料アップグレードで 10 になった。 いつの間にかPhotoshopが入ってた。 23型ディスプレイを常時接続し、最近は1歳半になる息子のAmazonプライムのキッズ・アニメにも大活躍。 しまじろうおもしろいよしまじろう

大作戦の背景

大作戦の最後が2013年6月だったが、この前後は実家から出たのと身内の不幸でとにかく激動過ぎたことがあって色々投げ出してしまったんだろうな。 あれから6年が経って辛いことも楽しいことも沢山あったけど、なんだかんだ ThinkPad はいつも自分のそばにいるんだな。 ビジネスユースもできてこれだけいじり倒せるノートパソコンだもの、素晴らしいノートだと思うよ。 とかいいつつ MacBook に浮気してるんだがね…やっぱRetina綺麗だもんw

ポケモンGoおじさんがIngress(Prime)を始めてしまった話

トゥーイヤーズアゴ

以前2017年頃にIngressをプレイしていた時期があって。 当時はなんでだろ。ポケモンGoポケストップの元がIngressのポータルであることは知っていたけれど、そのポータルが申請できるらしいとか聞いてかな?というより元となったIngressってどんなんだろうと気になり興味本位でプレイしていた気がする。 正直言って当時のIngressポケモンGoより操作性は悪く、画面は見にくいしマップのスクロールも慣れなかったのですぐ飽きてしまったため、わずか1週間でプレイをやめたんではないかと記憶している。

2019年8月

IngressiPhoneにインストールされたままになっていたのだけれど、なんか気づいたら「Ingress Prime」と名前を変えてUIもガラリと変わっていたのだった。 でもポケモンGoおじさんの僕は当初はやる気なかったが(ポケモンGoもGo Plus運用が増えたので適当プレイだったけども)とりあえず1週間くらい様子見してみることにした。 「なんか地元に常駐してるすげー青AGいるなー(自分は緑さんチーム所属)こいつのCFぶっ壊してえなーレベル上げて全武器アンロックするしかねえな…」って思って1週間が10日、2週間…気づけばレベルも8になり、今日まで1ヶ月も連続プレイをすることに。

ポケモンGoとは違う楽しさ、怖さ

Ingress初心者なので正直どのようにCF作って陣取っていけばいいのかわかってない。とりあえずリンクさせつつ、日中貯めに貯めたバースターを使って帰宅時に敵のCFをぶっ壊すというのに楽しさを見出してる。 でも、ポケモンGoと違うのは「xxが〇〇ポータルを攻撃しています」通知が飛んだり、構築したCFの情報がその周囲のAGに知らされたり、各AGの位置やプレイ時間帯などの情報がWebサービスから参照できたり、クソみたいな機能のチャットツールがついてたり(熟練者は他のコミュニケーションツールを使用しているらしいが)ポケモンGo以上に個人を特定できそうな要素が多くて実におっかなく感じる。 Ingress始める前にそういった情報だけは聞いていたけども…いざ実際プレイするとやっぱりね…。

そんなこんなで、まだIngressプレイヤーには遭遇したり話しかけたりしたことはないぼっちプレイヤーなのだが、できればドロドロしたような人間関係を煽るのではなく、フェアプレーなAGさんたちでたくさんであることを望みたいな。

人間ドック(個人負担)に行った話

先日のエントリにて体の調子が悪い話を書いた。 それから10日後の6/12に個人で申し込んだ人間ドックを受けたので感想を。

受けるに至った動機

30を過ぎてからは体のどこかが常に悪いような感覚があり、すげー不安だったので。 息子もすくすくと成長しているなか、パパが調子悪いなんてかわいそうだし自分も困る。 保険も見直したいしね(これについては、「もし結果が悪かったら見直せないじゃん。結果出る前に見直すべきだったな」と周りに言われ、「あっそうか」ってなった)。 とにかく早めに手を打っておきたかった。

前日まで

まず、胃腸が悪かったのは、消化器内科で出してもらった薬でどんどん回復していった。 食欲はこのときはまだそんなに回復しなかったけれども。

当日の流れ

病院までは徒歩20分以上。 朝9:30から開始であるが、歩いて病院まで行ったら心拍とか血圧とか上がっちゃうかもと思ったので9時前のバスに乗った。

9:10には受付を済ませて呼ばれるのを待つ。 時間ちょっと前に更衣室へ連れてかれて検査着に着替え、順次検査開始。

初めて受ける人間ドックで真新しかったのは造影検査と超音波検査くらいかな? 呼気の検査は前に脳梗塞で入院したときにやったし、眼圧もどっかで診てもらったことがあったような…。 とはいっても超音波検査て産科で妻がやってるのをみた赤ちゃんのエコーと同じだから、あっこれかぁ程度。 まあ、グリグリされてちょっと痛かったけどw

問題は造影検査。 担当医師「ちょっとシュワシュワするけどこれ飲んで」と言われてバリウムの液を渡される。 俺「なにこれすげーゲップでるな(ゲプ」 担当医師「これからの検査ではこの炭酸でお腹を膨らませて撮影していくので絶対にゲップをしないようにって…もーだしちゃったの?」 俺「ハヒ(早く言えよ!)」

いやだって初めてだもん。知らんかったよ。 このあとやっぱり炭酸が足りず、追加でバリウムを飲まされることに。

終了後に下剤を飲む。よく腹を下す自分にとっては全く不要だったので、なにげにこれも初めて。

簡易結果報告

当日中に結果が分かる範囲で医師から教えてもらった。 結果、特に異常はなかったものの、腎臓に嚢胞があったくらい。 これも所見なし、だいたいこの年くらいから出てきててもおかしくはないとのことだった。 とりあえずは安心した。 もうちょい痩せろ言われた。 いや、これでも胃腸おかしくしてから4kg痩せたんですよ…と自己保身コメントした。 しかし、終わって腹が減ったな…。

検査後

近くのショッピングモールに「いきなりステーキ」があった。 肉食うだけならそんな太らんだろうし、行ったことないから行ってみよ、って感じでモールまで15分くらい歩いてった。 お店に入る前にお腹がぐるぐるしてきた。下剤すげーな。まずはトイレに。

いやびっくりした。 ひたすら白い液体が出続ける光景に…。

ちなみに家に帰っても出続け、翌日の晩くらいまで家のトイレは流しても流しても白濁した状態に…。

あ、ステーキは美味しかったです。 元気なら白米も食べてたかも知んないけど、ステーキだけで満足してしまった。 帰りにスーパーで黒烏龍茶を買って帰る。

数週間後

6/27くらいに大きな封筒が自宅へ届いた。 これが人間ドックの結果。

中身を確認してみたが、当日簡易結果で言われた嚢胞以外に目立ったものはなかった。 去年くらいから健康診断で赤血球数値が高めに出て多血症の疑いがあると指摘され続けてるけども同じようにでていた。 中性脂肪も下がってきている。胃腸炎で食生活が少しは改善されたからかな? 今年の秋頃に会社の方でのA健診があるので、あと半年くらい維持できればいいのだけれど。

まとめ

今回の人間ドックは個人負担で37000円くらい払っていったけれども、適齢期前に行って高額な費用を負担してまで行く価値があったかと聞かれたら自分は「YES」と答える。 この金額で自分の精密検査結果と安心を買えたのならとても満足。

正直、35歳からドックって遅すぎない? 人生の大事なイベント(結婚、出産、会社でベテランになりつつある)をその前くらいに済ませていることが多い分、その時点で健康についてはわかってたほうがいいし、あまり結果が良くなれば早めに改善したほうが良くないかな? 自分に限って言えば(イレギュラーケースだけども)脳梗塞をやってて、万一再発もありうると言われてた身だし。 また、うちはガン家系だし、前触れの症状も一部のがんやその他生活習慣病に近いものがあった。 若ければ活発にガン細胞が増えていくので発見時にはすでに手遅れってのもある。

いまのところ検査結果を片手に「俺はそこそこ健康だよ」ってはっきり言えるので(でもそこそこかよ…)、堂々と暮らせている気がする。 病は気から、とはよく言ったもんで、その後は大した症状には悩まされていない。まだ手が痒くなるけど日によって出たり出なかったりだし、症状が出ても薬でカバーしてる。

次の検査までどの程度維持→改善できてるか。 とりあえず暴飲暴食に気をつけつつ、ポケモンGoしながら散歩の頻度を増やしていきたい。

体の調子が悪い

5月頭から体の調子がどんどん悪くなってきている。

初旬に声帯が炎症起こして喋れないほどの風邪をひいた。

下旬からは皮膚炎症はないもののなぜか指先がかゆい。

そして胃腸の調子が悪くなって1週間。

薬を飲んでも一向に良くならない。食欲不振。

手足もピリピリする。

でも血圧心拍は正常値。

通える病院にはとりあえず行っているが様子見状態。

人間ドックまでもうすこしなんでそのまま持って欲しいが…。

あっという間の1年

息子が生まれて1年たった

2018/04/10に第一子が誕生してから、あっという間の一年だった。 生まれてきたのはついこないだのようだけど、もう赤ちゃんから人間になりつつある。 仕事から帰ったら寝返り始めたり、ずりばいっぽいことにチャレンジしてたり、いつの間にか壁に手をついてフルフル立ってたり、何か話しかけようとしてたり、日々成長していく姿を見られたのは本当に興味深いし、面白かった。 同時に、毎日彼は何かを学んでできるようになって、それが何よりうらやましい。 息子よ、君がうらやましく感じたから俺も何かを身につけたくなったんだよ。 去年は仕事でちょっと変わったことを経験させてもらったり、先月末はVBAやってたり、今はPowershellを書いている。 ※職場でJavaに対する風当たりが少し変わってきたから次の食い扶持になりそうなものをあさってる、ということでもある(本音)。

この4月からは保育園に行き始めたね。 お友達をちゃんと作って、他人を思いやる子になってほしい。 次の一年も成長が楽しみです。

懺悔

正直、ひたすら妻には大変な苦労をさせてしまった。 とても迷惑をかけたと思う。 何度も父親としての自覚がないと厳しい指摘を受けた毎日、いまだにダメなところは多い、本当にごめん。

2018年振り返り

今更すぎるけども、今年は息子が産まれてパパさんエンジニアになったので、そのへんを年またぐ前にテキストでまとめます。

4/10に、第一子の息子が誕生しました。 このツイートはようやく落ち着いたくらいだったかな。

予定日は4/8だったけど、初産だからか遅れたわけ。 自分は10日近く遅れて産まれたくちなんで、息子もそんくらいかなーと思ったんだけど、まさかの2日遅れ。意外と早い。 きれいに土日を外してくれたおかげで病院に追加料金を取られませんでした。

産まれた日〜退院

4/9の夜20時過ぎ、日中何もなかったねーいつ産まれるかねーって話してた妻が急に陣痛始まってしまい(事前に教わってた陣痛の流れと違って)1時間経つ前から4-5分間隔の痛みがおさまらず、予約していた陣痛タクシーを呼んで23時頃に病院到着。 そのまま夜通し陣痛室につきっきり。色んな所で聞いた、夫の無力感を味わった。 7時半頃、もうそろそろとのことで分娩室に一緒に入り、妻を励ましながら8時半頃オギャアと息子が誕生。 体をきれいにしたあと、30分ほどご対面。まだどっち似かわからなかった。 退院まで6日くらい、毎晩仕事帰り面談時間ギリギリに会いに行って、様子を見てスヤスヤ寝てる息子を見て和んだ。 でも当時はまだ自覚がそこまでなかったよ。 G/W明けに里帰りから母子が帰ってきて家族3人で生活が始まったけども、当初はろくにお手伝いできなかった。

現在

最近ようやくお風呂入れても泣く回数が少なくなってきて、お互い慣れてきたんじゃないかと思う。 息子も足腰強くなってきて立っちができそう&ずり這いで移動範囲が増えてきて、どんどん人間っぽくなってきてる。うんこも臭くなってきたし

毎日成長してて、見てて本当飽きないし、人間すげえって感じるし、何より朝起きた時の笑顔がかわいい。仕事頑張って金稼いで来なきゃって気になるね。

将来は何させよう。ひとまず小学校の自由研究で一緒に自作キーボードやりたいな。

情報セキュリティマネジメント取得しました

なんやかんやあって1年放置してしまった。 2週間前に書いてた記事を慌てて仕上げることとしました。とんでもサボリ魔である。


平成30年秋期情報処理技術者試験で情報セキュリティマネジメント試験を受けて、なんとか合格しました。 感想をつらつら書いておきます。


なんで受けたの

  • 現在の自分だと、秋試験ではネットワークスペシャリストくらいしか受験したいものがなかったのだけど、勉強時間が確保できなかった
  • 最近は情報セキュリティ系の興味関心に全振り状態だった
  • ↑しかし4年前に情報セキュリティスペシャリストを取得してからあんまり勉強してなかったので、知識のアップデート&腕試し程度にちょうどいいと

試験対策

試験当日

  • 受験票が届いた時点でわかってたんだけど、県内で家から1時間半くらい。最寄り駅からシャトルバス15分とかとんでも僻地で受験させられた
  • ポケモンGoユーザーなので(超重要)、当日12:00-15:00はダンバルのコミュニティデイで、きもちは試験どころじゃなかった
  • 午前試験、何問か悩ましいものがあるもボーダー越え確信するも、昼食ってたら「今回難しかったらしいぞ」とか話ししてる先輩後輩のような人たち見て若干焦る。
  • コミュニティデイになるべく早く参戦したいので、午後はなるべく早く終わらせようと思って、60分以内で回答を目指す。
  • 午後もマークシート方式だが、前後の問題で芋づる式にミスする問題構成。結構悩まされて結局70分弱かかる。
  • 答案出して、荷物まとめて帰りのシャトルバスに乗る。混まないうちに帰るのもストレス軽減の一つ。
  • 帰りにコミュニティデイの状況を調べて再度開催になる通知を見て一安心。
  • ふつうにダンバルは湧き続けていたので、そのまま狩れるだけ狩りして終了。

成績について

  • その日の深夜に自己採点:午前8割、午後7割くらいと出て、午後は採点次第で怪しいなと思っていた。
  • 成績照会すると午前84.0、午後75.0で合格。12/8に合格証明書が届いた。

まとめ・受けた人からのアドバイス

  • 意外と新問題が出るけども、予想問題やっておけば大丈夫
  • 応用情報レベルの過去問が一部下ってきているらしいので応用未受験なら応用まで勉強しとけば安心(捨ててもいいかもしれない
  • IPAの取り組みとかも問題出るからHPくらいは確認しといた方がいいかも。そんなので得点落とすの勿体無いし。
  • 午後はテクニカル分野を除けば常識的に考えて答えられるのもあるから、よく考えてみて

あけおめ2018

今週のお題「2018年の抱負」

いくつか。

  • 人間的にひとまわり成長できるような一年にしたい

後進育成が多いんで、後輩が目指したいって思えるような技術者ですか。まだまだ勉強が足りんね

  • 自分がしてきた(ORこれからする)経験を共有できれば

もっと情報発信しろと。そのためのこのブログのはずなんで。

今年もよろしくお願いします。

最新のDream Theaterを観てきました

先週Dream Theater(以下DT)のライヴに、9/11(月)の武道館(当日券)と9/14(木)の東京国際フォーラムCの2日間行ってきた。

DTで武道館といえば2004年Train of Thought Tourでの武道館公演のライヴ盤"Live at Budokan"が有名です。この時のインスト曲や間奏をメドレーにした"Instrumedley"の演奏は圧巻。これだけのためにDVDかCDを買ったほうがいいです。惜しいのは、当時は高校生で自分の好きな音楽を開拓できておらず*1、まだこの素晴らしいプログレメタルバンドDTの存在を知らなかったことです。早く知っていればライヴへ行っていたかもしれない。

Dream Theater Live At Budokan

Dream Theater Live At Budokan

話を戻して、今年のDTのライヴは代表作の2nd"Images and Words"の25周年記念のツアー、"Images, Words & Beyond 25th Anniversary Tour"で"Images and Words"全曲再現ライヴを敢行。ウソつけ、絶対最新作のThe Astonishingが欧米以外じゃ文化違いすぎてウケがイマイチだからだぞ、とか言っちゃだめだぞ。

アルバム再現は最近流行ってて、YesやJourneyがやってた印象*2

2014年、前回来日の"Along for the Ride Tour"は多忙だったのと、DTがツアーとしては来日せず、Loud Park + 追加公演ということで公演数が非常に少なく、2012年の"A Dramatic Turn of Events Tour"以来の生DTだった。

5年の歳月はデカい*3

当時新規加入のマンジーニはよりバンドに馴染み、ライヴではタイト&パワフルなドラムで魅せる。

マイアングは20年ぶりにベースソロでこれまた魅せる(ごめん、ジャコは知ってたけどトレイシーの肖像をまともに聴いたのは初めて)。

ペトルーシもルーデスは変わりなく。

そしてラブリエ。

持ち味の一つである高音域が出にくくなり、とうとう完全再現の"Images and Words"楽曲は半音下げに…*4

これを衰えたとか終わったとかいう人もいるらしいけど、死んだ高音域の代わりに非常に安定した中音域がライヴではよく生えていたのだ。

吐息交じりのセクシーな感じの歌い方とか、ハッとさせられたもんね。

第一部の楽曲は原曲キー通りで無理なく歌えるものが並んでたけども、頑張って出ない高音でミスるよりかは演奏してる側も聴くほうもかえって安心できるし、これまた珍しい曲もあるしでイイじゃん。

ウケが良かったのは"Hell’s Kitchen"と"As I am"、その終わりにくっついてた"Enter Sandman"のカヴァー、アンコール(実質第三部)の"A Change of Seasons"かな。

昔の曲を昔のままやれなくなったけれども、新しい境地とか見えてきたんじゃないか。俺も今後のDTをもっと観ていきたい。

フォーラムのMCで言っていた、次は新曲作ってツアーするよ、がリップサービスではないことを願いたい。次はこれぞDTってアルバムを頼む!*5

ヤベッ。思いのほか語りすぎてしまい、ホントに書きたかったこと書けなかった。それは次の記事で。

*1:親から借りたDeep PurpleLed ZeppelinKing CrimsonAerosmithのほか、実家に置いてなかったBlack SabbathQueenGreen Dayを聴いてました

*2:当時のメンバーは脱退・死去して元のメンバーも老化に伴い再現に限りなく近いくらいな感じ。それでも同じバンド名義でライヴ演奏されてこなかったレア曲が生で演奏されるのは素直に嬉しい

*3:バンド側もデカければ、聴く側もデカい。

*4:Learning to Liveとか要所要所の高音は半音下げながらしっかり出てるところは出てた。あまり酷使するとヴォーカル生命が死んでしまうので無理せずやってほしいなと願います

*5:The Astonishingは聴いてて正直つらかった